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オリンピック

オリンピックマーク

いよいよロンドンオリンピックが開幕ですね
モザンビークでは、出場選手が少なく、話題に
ならないため、いつ始まるののかわからなくて、
思わず調べました。

モザンビークからのオリンピック出場選手は6名。
水泳2名、ボクシング1名、陸上2名、
そして柔道です。(男性4名、女性2名)
柔道で出場選手がいるとは、とても意外でした。

日本は303名、アメリカは539名、
開催国イギリスは556名です。

モザンビークの人口は日本の約10分の1
であることを考えると、6名の出場は大変
少なく感じます。

モザンビークが初めてオリンピックに出場
したのは内戦後8年後の1980年でした。
かなり遅いオリンピックデビューですが、
独立戦争、その後の内戦が長期に及び、
スポーツを行える環境でなかったことは、
容易に想像できます。

これまでモザンビークが取得したメダルは
金と銅の2個。どちらもマリア・ムトラ選手
が陸上800mで獲得したものです。

ムトラ選手は過去6回オリンピック出場、
その後コーチとして優秀な陸上選手を
育てています。


モザンビークに居るとアスリートを育てる
余裕はまだ無いように感じます。国際試合が
行えるサッカースタジアムや50mの公式
プールは昨年ようやく建設されました。

青少年のスポーツ教育にも力を入れたくても、
モザンビーク全土に青空教室の学校が数多く
あり、教育関連の予算の割り振りはそちらを
優先するため、スポーツ施設や資機材を整え
ることが出来ない現状があるからだと思われ
ます。

モザンビークに比べると、日本には
スポーツをするとても恵まれた環境、
良いコーチやハイテクの施設、研究を
重ねたシューズやウェアがあるの
だと改めて思います。

何よりも大きいのは、余暇に使える
資金、時間があることだと思います。

ただ、ムトラ選手のような優秀なアスリートが
今後生まれる可能性があり、青少年の健全
育成のためにもスポーツはとても有効なので、
モザンビークでスポーツが盛んになって欲しい
と願います。
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マレンガーネ地域の自転車の活用 その2

自転車の活用について、ご質問いただいたので
マレンガーネ地区ボンドイア小学校に寄贈した
自転車の状況について、引き続きお伝えします。

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当団体が2010年7月に小学校に寄贈した自転車

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ピースメッセージ付き

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寄贈から4か月後

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パンクしたまま走っている生徒たち

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裂け始めたタイヤ

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部品の取れたサドル

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チューブで裂けたタイヤを補修


通学に毎日未舗装の道を走っていると、このように
半年もせずに自転車の至る所に不具合が生じて
きます。この中の数台はブレーキが壊れて効かなく
なっていましたし、ペダルが無くなっている自転車
もありました。

ただ、きちんと補修して乗っている生徒の自転車は
この通り、一年間経っても2人乗りも出来るくらい、
良い状態を保っています

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このような状態の差は、メンテナンス出来ているか
どうかにつきます


支援物資の受け取り

昨日、JICA青年海外協力隊のドミトリー
に、隊員のみなさんがこれまで残された
衣服を当団体に寄贈していただきました。

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受領した物資は、当団体のマレンガーネ地区支援に
活用させていただきます。

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どうもありがとうございました!


物資を受け取りに行った際には、新隊員の歓迎会
が行われていました。到着したての初々しい姿を
拝見し、3年前、マプトに赴任してきた時が思い
出されました。隊員の皆さんの今後の活躍を祈念
いたしております

日本から送られた自転車

元ボンドイア小学校の教員で、
今はマレンガーネ小学校長の
フェリシベルト先生。

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2010年5月に当団体を通じて受け取った
日本の自転車を大切に乗っています。

空気入れは必需品。パンクに備えて
いつでも持ち運んでいます。

この地域を走る自転車は必ずというほど、
空気入れを荷台に積んで走っています。


ボンドイア村とマレンガーネ村の距離は約20キロメートル。
同じマレンガーネ地区に属しています。

地図 マレンガーネ地区

首都のマプトからボンドイア村までは約100キロメートル。
中間地点に私が居住しているモアンバビレッジがあります。

地図 マプト-マレンガーネ地区

モアンバビレッジからマレンガーネ地区までは約50キロ、
未舗装の道で約1時間かかります。
道路の北側をインコマテ川が流れており、
今年1月の豪雨時は川が氾濫し、道路が水没しました。


道路は、粘土質の赤土、砂、小石など、
地域によって異なる状態で、ご覧のような小石の
多い道では、すぐにタイヤがパンクします。

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生徒たちの通学に使われている自転車の多くは、
数か月でこのように割けてしまいます。

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ビニールで縫って修理してある様子が
見受けられます。

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日本の舗装道で自転車を多少乱暴に運転をしても、
タイヤが割けることは、稀です。

しかし、モザンビークの道は、下手すると学校への
一日の往復20キロでパンクし、タイヤもダメージを
受けてしまいます。

多くの村人にとって唯一の足である
貴重な移動手段、自転車。


道路の状態から、タイヤの消耗が
激しいのはどうしようもありませんが、
空気を定期的に入れてパンクをしにくくする、
こまめに点検し、油をさしたり、
無くなってしまった部品を補完するなど
自転車を長く良い状態で乗ることが出来るよう
アドバイスしていきたいと思っています。

多くの村人が自分で自転車を直して乗っているので、
基礎的なパンク修理等の知識はあるようですが、
生徒に提供した自転車は特に、サドルやペダルがない
ものがあったり、ブレーキが全く効かなくなっていたり、
早く対処できていれば簡単に直ったのにと思う
自転車も多くあるので、適切に修理することの
大切さを理解してもらいたいと思っています

シニャンガニーネにて-子どもたち

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年長の子が年下の弟、妹の
面倒を見るのは当たり前。

赤ちゃんをあやしながら、
家事を手伝います。

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夕食の主食・シマの準備


日本でも、昔は子供がたくさんいて、
きっと同じように兄弟間で
面倒をみあっていたのですよね。

日本では近年、
人間関係をうまく構築できなかったり、
他人との距離をうまく取れない人が増える
など社会問題になっていますが、
兄弟が少ない、家族の規模が小さいと
いうのが、一因ではないでしょうか。


自分と違う考え方の人にたくさん出会う、
異なる価値観を受け入れる、
ということは
時に苦しいですが、
井の中の蛙にならず、
大海を知ることは
人生を豊かにすると思います。

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銃の重み

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先日、シニャンガニーネを訪問した際に
回収した銃。

錆びて、使えない銃ですが、
強盗が夜中に人を脅すには十分有効とのこと。

CCMが切断して銃として
2度と
使用できなくします。


近年、マプト市内、近郊では
銃を用いた凶悪犯罪が増加しています。

内戦後、20年かけて、人々の手に残った
武器の回収を進めてきた現地NGO・CCMは
その状況をとても危惧しています。

内戦で使われた銃が
再び人を傷つけるために使われて
いるかもしれないと思うと、心が痛みます。

モザンビーク国内から
武器を一掃したいと
切に思います。

ご寄附のお願い。

寄付依頼チラシ

クリミルダからのメッセージ

お久しぶりです!
愛媛のみなさんお元気ですか?

2010年1月から数カ月、アデリアさん、
ベネットさんと共に研修生として訪日した
クリミルダです。

モザンビークに戻ってから同郷の男性と
結婚し、一時、夫の仕事の関係で南アフリカ
に住んでいましたが、故郷のシニャンガニーネ
に戻ってきました。

現在、夫は、隣村ボンドイアのサトウキビ畑で
働いています。

私は、2歳になる息子の世話と、家事、畑仕事
を日々行っています。

この度、公民館建設、並びに縫製訓練のプロジェクト
計画を知り、是非、縫製訓練に参加して、日本で学んだ
縫製技術を向上したいと思っています。

日本でお世話になった皆さんに、成長した姿を
見せられるよう、頑張りたいと思っています!

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公民館建設場所

昨日、公民館の建設予定地を道路・施設建設や井戸掘削等を
担当している省庁の関係者とともに訪問しました。

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土地の利用を正式に政府が承認するのに、正確な面積と
位置を把握し、文書に残すためです。

埃っぽい未舗装の道を走ること1時間、ようやく現場につき
作業を始めました。

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専門家が携えているのは、メジャーひと巻。
ものすごく原始的な方法で測量します。

途中、草木が邪魔になる場合は、それをナイフで切り
落としていきます。

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測量後、専門家に
「これで、モアンバ郡政府が文書作成をすれば
手続きは完了ですよね」

と確認すると、

「いや、今日はGPSを持ってこれなかったから、
GPSをもって再訪しなければいけないと」

また、

「現地に4つ角に4本のセメントの柱を目印に立てなければならない」

ということで、急いで手配しています。

一度で終わると思っていた測量がまだ半分しか
終わっていないということが、現地に入ってから
分かり、機材の手配が出来次第、再度現地入り
することになりました。

先に言ってくれれば、一度で全て済むように手配
したのに(泣)ということが、モザンビークでは
本当に多くて、労力・時間の無駄が多いです。

政府関係者が出張すると、その日当の負担も
しなければならないので、痛い出費です。

モザンビークで生活していると、日々“忍耐力”
を試されているような気がします。

相手を非難しても仕方がないことは、
こちらの注意が足りなかったから
起きたのだと、反省材料にすること
にしています。そうしないと、
物事が進まないので。

再利用。

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シニャンガニーネ小学校の授業の様子です。

生徒の座っている椅子に注目してみてください。

木材と石を重ねてあるだけのベンチです。

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先日、この木材があるものの再利用であること
を初めて聞きました。

この木材はテテ州原産で、とても丈夫なそうです。
その特性を活かし、あるものに使われていました。

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ヒントは、
シニャンガニーネは内戦中、反政府勢力・レナモの基地と
なりました。それは、南アフリカからの兵站を断つ目的です。

シニャンガニーネには、鉄道の駅がありました。

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正解は、線路の枕木です!
現在、鉄道は砂に埋もれ、駅の建物は使われていません。

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以前、駅として使われていた建物には、
生々しい銃痕が残っています。

この地域では、折に触れて戦争の傷跡を
目にします。

戦争は、もうこりごりと語る村人の脳裏
には、当時の記憶が鮮明に残っているようでした。

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