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続・モザンビークのクリスマス&年末年始☆

クリスマス(12月25日)の過ごし方

モザンビークはキリスト教徒が多いので、クリスマスが最大のイベントです。25日は教会のサービスがあるのですが、教会によっては24日夜半から25日早朝にかけてオーバーナイトでキリストの蘇りを待つ儀式を行うそうです。ただ、長時間深夜に教会で過ごすのが大変なので、そのような儀式を行う教会は減っているそうです。

クリスマスの一般的な過ごし方といえば、家族、友人とのパーティーを行います。通常の週末にもパーティーを行う人はいますが、それをどこもかしこでも行っている感じで、大音量の音楽と屋外のバーベキューが定番です。

飲み物&料理の定番といえば、モザンビークビール、南ア、またはポルトガルのワイン、丸焼きのチキン、サラダ、ヤギの煮込み(1頭さばく場合が多い)、マヨネーズをつかったサラダ(ポテト・マカロニサラダ)、フライドポテト、シマ、カリー(牛肉、豆などの煮込み)、ピラフ(人参、玉ねぎ、トマトなど野菜の入ったもの)などです。マプトは南部なので、中部・北部モザンビークでは、趣が違うかもしれません。

私たちのパーティーは、テテ州(中部)出身者の集まりになったので、アヒルの丸焼き、テテの魚の干物の炭焼き(水で塩抜きしてから焼いたけれど、相当塩辛かった)、テレレ&シマを食べました。テレレとは、オクラやモロヘイヤのような葉っぱを少量の水でゆで、トマトを1個加えます。そこにベイキングソーダを入れて良くかき混ぜ、とろみを出します。味付けは少量の塩です。シマと一緒に食べます。テレレはニコラウのお袋の味なのだそうです。

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アヒルの炭焼き。鶏肉よりも肉が締まっていて美味しいです!

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テテ州特産の干物

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焼くのは男性の仕事!

また、今回テテ州から持ってきたファリーニャ(トウモロコシを粉にしたもの)でシマを作りました。
シマの色が違うのが分かりますか?左はスーパーで売られているトップスコアのシマです。テテのシマは少し茶色がかっています。精製が荒いので、茶色っぽいですが香りが良いです。小麦粉だと、全粒粉と真っ白な小麦粉のようなものです。ただ、粒子が粗く消化されにくいため、一般的なシマより更にお腹にずっしりときます。

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シマ2種とテレレ2種

デザートにはボロ(スポンジケーキの重たい感じ)で作ったケーキや、プディングを食べます。
日本で言うクリスマスのケーキはこれにデコレーションをしますよね。こちらでは、ほとんどこのままです。飾るとしたら、バタークリームでのコーティングになります。(生クリームやフレッシュな牛乳はほとんど販売されていないため、常温でも痛みにくいバタークリームが通常使われます)。プリンは、スプーンですくうのが大変なほどずっしりと詰まっており、しかも驚くほど甘かったです。料理の得意な女性が、ちゃんと本のレシピを見て作ったので、一般的に相当甘いのでしょう。一口でギブアップしました。

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ボロ=ケーキ

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プディング

大晦日&新年のカウントダウン!

12月31日はニコラウの元上司のおうちでパーティーでした。朝から、持参する料理を準備して、15~16時くらいに到着する予定だったのですが、私以外の料理が作り終わらず(鶏肉と野菜の煮物を作りましたがあまりうけませんでした)、結局家を出たのは19時ごろ。(そもそも作り始めたのが遅かったのです。)あたりは薄暗くなっていました。まぁ、モザンビークタイムなので、多少遅れようが、問題ありません。案の定、道が混み、到着したのは20時半ごろ。マトゥトゥインというマプトからガザ州に行く途中の町に行きました。会場に着くと、女性が忙しそうに料理をしたり、鳥を炭焼きしたり、15名くらいが慌しく働いていました。もうパーティーが始まっていると思っていたのですが、男性陣はお酒を飲んでくつろいでおり、子どもたちは集まって遊んでいます。飲み物をもらい、パーティーが始まるのを待ちますが、1時間たっても、2時間たっても始まらず。午後一切食事をしないでパーティーに来たので、着いたときには既に腹ペコでした(笑)。23時をまわった頃、もしかして、新年を迎えると同時にパーティーが始まるのではとようやく気付き、案の定そのとおりでした。23時50分、集まってくださいと声がかかり、食べ物が並んでいる机の周りに集まりました。ただ、その家があるのは、森の中。マプトの中心でないためにテレビの電波が入らないため、カウントダウンがうまく出来ず、誰の時計に合わせてお祝いしたらいいものかと話しているうちに新年が明けていました。「えっ、もう、明けたの?」と驚く人たち。マプトでは、盛大に花火が上がったそうですが、私たちのいるところまでは聞こえず、ロケット花火、打ち上げ花火、爆竹を鳴らしてお祝いしました。花火を買ってから、やるのを楽しみにしていたニコラウの子どもたちはあまりの爆音に泣き出したり、部屋から逃げ出したり、結局怖がって花火は全く出来ませんでした。

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パーティーの様子

お祈り、家の主からパーティー参加者の紹介があり、シャンパンで乾杯。0時半ごろ、やっと食事が始まりましたが、食べ終わるともう眠い目をこすっている人が多く、あっという間に人がはけてしまいました。午前2時ごろ、10数名が話しているだけで、食事は終わりました。私もモザンビークでは朝型生活なので、相当眠くなっており、ワインを勧められても寝てしまうのであまり飲めず、子どもたちは寝始め、ニコラウもソファーで熟睡。3時ごろ、「そういえばデザート食べてないじゃない」と、元気な女性たちが冷蔵庫からデザートをもってきたので、幾つか味見しました。ボロ、プディング、クッキー、ゼリーなどです。私は一度寝たら、起きられないと思い、限界まで眠気と戦って、4時過ぎに帰路に着きました。車の中では熟睡。家に着いたときにはうっすら明るくなっていました。近所の家ではまだパーティーが続いているようで、大音量のダンスミュージックが朝6時頃まで続きました。路上で酔いつぶれている若者がたくさんいました。

大晦日に夜更かししすぎたお陰で、元旦は昼過ぎまで寝てしまい、しかも腹痛が始まり、一日寝てすごしました。2011年の年始からトホホなスタートでした。その日、ニコラウはまた別のパーティーに行ったようでした。

クリスマスから、新年明けての数日は、猛暑。ほとんど雨が降らず、気温30度を超える日々が続きました。35度の日は、家から出る気にならず、年末年始は家で過ごすことが多かったです。

この時期、友人には、携帯メール・電話でクリスマス、年始の挨拶をするのが礼儀ということで、知り合いほとんどにメッセージを送りました。ポルトガル語のメリークリスマス、ハッピーニューイヤーを紹介します。

Feliz Natal= Merry Christmas
Feliz Ano Novo=Happy new year
Boas Entradas=新しい年にようこそ、良い1年の始まりを!というような意味。

商店には、サンタクロースやハッピーニューイヤーのペイントをしているところがちらほらあったのですが、はがすのが面倒なのか、1月2週目を過ぎても、まだはがしていないところがかなりあります。サンタクロースの顔が、日本で見慣れているのとどこか違う気がします。最近撮影したアイスクリーム店のサンタクロースです。

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サンタクロースがプレゼントをもってくるのは、マプト、マトラなど都会のみということで、プレゼントを贈る習慣は、ほんの一部で始まったばかりのようです。貨幣経済が浸透している社会のみということですね。

※最後に、昨年12月末にインターネットの契約をして、早3週間以上が経ちましたが、工事にやってくるはずの担当者が来ないのです。何度も会社に出向いて催促しているのですが、「リストに名前があるので、今日・明日中には来ると思いますよ」の一点張り。ブログの更新がなかなかできませんでした。やむを得ず、インターネットカフェからの更新です。

それでは、今年も宜しくお付き合いください!
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